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廣瀬神社 〔県文化財・川合〕
「日本書紀」にも記されている古社
 天武天皇が、大和川北岸の龍田神社を風の神、また、廣瀬神社を水の神とし、一対の神として祭られたといわれ、古代より水の神、水田を守る神、五穀豊穣の神として手厚い信仰を受けてきました。
 一説では大和朝廷の成立期、崇神天皇の頃に創建された古社ともされています。祭神は若宇加能売命(ワカウカノメノミコト)など三神。
 境内の広さは約9190坪。
本殿は奈良県指定文化財
 毎年2月11日に行われる「砂かけ祭り」は、豊かな実りを祈願する御田植祭(おんだまつり)で、大和の奇祭として有名。
参道奥の格式ある社(二ノ鳥居) 本殿
本殿の装飾蛙股の一つ「鳳凰と桐」 廣瀬橋 龍をあしらった手水

廣瀬神社  祭日   【毎月1日・15日 月次祭】
1月 1日 歳旦祭  8月21日 大忌祭
1月 3日 元始祭 10月第三土曜日 秋祭宵宮祭(宮入18:00頃)
2月11日 砂かけ祭 (11:00、14:00) 10月第三日曜日 秋祭    (宮入14:30頃)
4月 4日 例祭 12月31日 除夜祭

天神社 〔池部〕
木立の中の古色蒼然とした社
 木立の中の参道を50mほど進むと、瓦葺の拝殿があり、
本殿は中庭の奥に土塀で囲まれ、春日造り桧皮葺です。
江戸時代には天満宮と呼ばれていたようです。
祭神は国常立命 (クニトコタチノミコト)。

定林寺 〔川合〕
河合町最古の仏像を安置
 廣瀬神社の3つの神宮寺のうちの一つで、現在の定林寺は廣瀬神社の西側、城山古墳の北側にあります。
廣瀬神社に伝わる古絵図には宮堂遺跡の位置に、聖徳太子が建立した大伽藍の寺として描かれています。
 現在の定林寺は江戸時代の建物ですが、河合町に残る最古級の仏像が、安置されています。

←本堂内部
 不動明王立像(木造・室町時代後期)→左
 地蔵菩薩立像(木造・平安時代前期)→右
阿弥陀如来坐像(鋳造・平安時代後期)→

長林寺 〔穴闇〕
河合町最古のお寺
 河合町最古のお寺で、飛鳥時代に聖徳太子によって建立されたという旧長林寺の後身。江戸時代の正徳4年(1714年)に黄檗宗寺院として再興されました。「長倉寺瓦」とヘラ書きされた丸瓦が出土したことから、本来は「長倉寺」と呼ばれていたことがわかります。
 この「長倉」が訛って「穴闇(なぐら)」という地名になったと考えられます。

←旧長林寺の塔心礎

穴地蔵 〔池部〕
安産のお地蔵さま
 天神社の隣の穴地蔵は、以前は100mほど北にあります。
石屋形の中には、江戸時代の作と思われる地蔵など小石仏6体が安置されています。

祠は古墳の石棺の石材を転用したと言伝えられる。

教行寺 (佐味田)
蓮如上人開基のお寺を移築
 石山本願寺が織田信長との戦いに敗れた天正8年(1580年)に、摂津富田(高槻市)の教行寺が現在の場所に移され、佐味田教行寺となりました。親鸞上人、蓮如上人、聖徳太子などがまつられています。
 屋根にそびえる太鼓楼は、昔、野辺の送りの時にここで太鼓が打ち鳴らされたものです。境内には鐘つき堂も備わり、本堂前の古梅は幹がねじれた、いわゆる「ネジレ梅」で、類の少ない見事な梅です。イチョウの木の幹は高さ15mで止め切りされ、その分、幹はがっしりと太く成長し、周囲は2.3mもあります。

八王子神社 〔大輪田〕
竹林の奥にたたずむ神社
 法燈寺への参道から北にそれて進むと凝灰岩製の小さな鳥居があり、さらに進むと、八王子神社がひっそりとたたずんでいます。。

←八王子神社、法燈寺へつづく参道

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